中低層RC造ビル向け ひび割れ検知カメラシステム

2021年1月25日
カテゴリー:レポート

1. 背景

 地震発生直後は,被害を最小限にするための迅速な意思決定に基づく初動対応が重要です.一方で,その判断を行うために必要な情報には不確実なものも含まれがちで,判断が難しい状況も多々あります.企業・自治体などは,遠隔地を含め自社の管理する多数の建造物の被災状況を把握する必要があります.これまで,発災後にRC造ビルの被害判定をするためには,専門家が現地で目視判定をする必要があり,多くの時間・コストを要していました.

 森ビル株式会社においては,2013年より高層ビル13棟に,地震による建物の被害状況を地震計の加速度データから即座に推測する地震直後建物被災度推測システム「e-Daps」を導入してきました(図4-1).一方,中低層ビルは高層ビルに比べ同一構造の階層の割合が少なく,建物形状が相対的に複雑なため,加速度のみからの被災度判定は難しいとされてきました.また棟数も多いため,従来のe-Dapsを中低層へ展開することはコスト面からも難しいと考えられてきました.今回,安価で信頼性の高いMEMS 加速度センサを用いた地震計の採用に加え,構造上重要な柱梁,耐震壁のひび割れを監視カメラから検知し,定量解析を行った結果をリアルタイム通知するシステムを開発し,低コストで中低層RC造ビルにe-Daps拡張システムを導入することに成功しました(図4-1).本稿では,中低層RC造ビル向けに新たに開発した「e-Daps ひび割れ検知カメラシステム」をご紹介いたします.

2. システム概要

 既存のe-Dapsシステムと本システムの構成を図4-2に示します.本システムは,ひび割れ診断PC,複数のカメラサーバからなり,1975年竣工の地上9階,地下2階SRC造の虎ノ門30森ビルに導入されています.

PCは1階駐車場隣接の中央管理室内に,カメラは地震力が集中する1階駐車場と2階設備パイプスペース内に設置しています(図4-3, 図4-4).
主な機能は,地震時の自動動画撮影,静止画撮影,ひび割れ診断,メール通知です.トリガ検知階に相当する2階の地震計が閾値を超える加速度を記録した時,地震計制御PCがひび割れ診断PCに地震トリガを送信し,ひび割れ診断PCは各カメラに動画撮影トリガを発行し,揺れが収まるまで動画撮影します.動画撮影終了後は静止画を撮影します.各画像のひび割れ診断対象領域以外はマスキングを行い,対象領域では二値化→ノイズ除去→細線化によりひび割れを抽出します(図4-5).さらに線分の長さや幅がピクセル数でカウントされ,下記情報が出力されます.
  (1) 検出されたひび割れの総延長
  (2) 検出されたひび割れ幅
  (3) 分析対象の静止画
  (4) (3)のひびを幅ごとに色付けして強調
  (5) (4)の各色に対応するひび割れ幅凡例

 診断終了後,登録ユーザ宛にWEBシステムのURLを含む通知メールがメールサーバより送信されます.ユーザはWEBシステムにログインし,図4-6に示すように各カメラで撮影された動画,静止画,ひび割れ診断画像(駐車場全景カメラ以外)や過去の地震時の画像を確認することができます.画面上には診断画像とともに,観測ビル(虎ノ門30森ビル),カメラ位置,撮影日時,前回撮影時からのひび割れの総延長の変化量(増分)が表示されます.
 加えて,定期的に静止画撮影を行う機能と,カメラ毎にシステム画面から手動で静止画撮影できる機能も実装しており,いずれも静止画撮影後はひび割れ診断が行われます.
 また,システム導入後初めての実際の地震(平成30年3月18日13時03分 気象庁発表)をもとに動作検証を行いました.3月18日12時59分 の地震発生により,虎ノ門30森ビルの最大加速度2.5galの揺れが検知され,その3分後にe-Dapsひび割れ検知カメラシステムのメール通知が行われました.発生から7分後には既存のe-Dapsシステムより被災度推測速報のメール通知が行われました.

3. まとめと今後の展望

 中低層RC造ビル向けにひび割れ検知カメラシステムを開発し,虎ノ門30森ビルにて運用が開始されました.既存の高層ビル向け「e-Daps」と併用することで今後は多数の管理ビルの地震被災状況をリアルタイムで把握することができるようになりました.倒壊の危険性があるビル内で目視による応急危険度判定を行う代替手段として,遠隔で状況把握できるようになりました.また定量データからは,根拠ある迅速な意思決定が促され,優先順位をつけた初動対応が可能となりました.

 本システムは,構造計画研究所と森ビルで長年蓄積された構造設計,システム開発,画像認識技術等の学問知・組織知を活かして開発されました.今後の運用と,多分野に亘る構造計画研究所の要素技術を取り込んだ更なる展開を経て経験知を蓄積し,ひいては様々な被災状況を総合的にリアルタイム把握できるシステム(工学知)を提供したいと考えています.

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